自由に楽しく分析して生きる道

超ポジティブな思想哲学:海外目線をからめてオチのある話を書きます。

英語がすごく上達した環境(裏技?)

日本からアメリカに留学した場合、私の属性は、日本人の留学生であって、アメリカ人からは、純粋なアメリカの大学生とは認識されません。つまり、彼らにとって、私達はインターナショナルであって、同じ大学に通うよそ者です。もちろん、差別されているわけではなく、無意識?意識する区分がそういう事になっているというだけです。


東京における地方出身者と同じようなものです。いつまでたっても、東京人にはならないように、アメリカの大学生になっても、やっぱり日本人留学生です。


その区分から脱出して、アメリカの大学生になれた瞬間があります。それが、再留学です。私はスペイン語を専攻していたのでアドバイザーがスペイン語の教授でした。彼女に誘われて、留学から1年経った頃に、2ヶ月のメキシコでのスペイン語語学留学をしました。


そこで、何が起きたか?


めっちゃ英語が上達しました。笑。
私が、初めて、アメリカの留学生になれた瞬間です。ゆえに、仲間意識も、アメリカ人との間に芽生えました。アメリカ人とつるみ、スペイン語をしゃべることを怠り、学校以外では、ほぼ英語で話しました。日本人は数名いましたが、クラスが違ったこともあり、日本語が恋しいということもなかったので、あまり話さなかった気がします。


つまり、アメリカでは、日本人に仲間意識を持って、日本人でつるみ、日本語を話していたのが、そのまま、アメリカ人と英語に変わりました。


もう一つ言うと、留学するアメリカ人は、海外に興味のある学生なので、より外国人に対してオープンマインドを持っていますから、友達になりやすい。ということもあります。


そんなわけで、メキシコにスペイン語を習いに行って、英語を上達させて帰ってきました。本末転倒な話ですが、当時の私にとっては、英語の上達は大きな収穫でした。また、意識区分の変わるその環境が新鮮かつ興味深く、その後、在学中に2度再留学をするという結果につながりました。


ちなみに、今、ここで、出身を聞かれたら、出生地ではなく、東京と答えます。同じロジックです。

どれくらいで英語が上達しますか?

どれくらいで英語が上達しますか?


という質問を多く耳にする。もちろん、一番的確な答えは、個人差があるから、なんともね。人それぞれじゃない?ということだと思う。


でも、それでは、身も蓋もないので、私の思う、目安を書いてみます。


人間の耳の拾える音を決めるのは、3歳~5歳だと言われています。
なので、概ねこの辺りの年令までに、英語の発音に慣れておけば、LもRも区別できる耳が育つのだと思います。私はLとRの発音はできますが、50%程度?しか聞き取れません。何歳以上の方から、ディズニーランドをデズニーランドとしか言えないのかはわかりませんが、彼らの幼少期には、”ディ”という音は存在していなかったということがわかります。


高校生までの1年間の留学は、大学4年間の留学とほぼ同レベルか、高校1年間が上だと思います。同レベルというのは、発音の綺麗さだったり、会話の流暢さだったりという意味です。もちろん、学術的には、大学生の方がたくさん学べます。


高校生までと書きましたけれど、年代が若ければ、若いほど、お子様英語なので、社会人として話す英語としては、通用しにくいということをきちんと理解しないと痛い目に会います。また、こういう人たちの英語は、発音がとってもきれいなので、英語できると勘違いされるリスクも高まります。


大学を卒業してから来た留学生の英語の上達度は、相当に遅いです。より真剣に向き合う必要があります。


18歳で留学した私の英語上達の感覚は、


前提: 中学校、高校の学校で習う英語のみ、読み書きできるのと、受験英語で訓練。会話ゼロ。
4年間だし、と悠長にかまえ、日本人ともつるむし、英語で無理もしない。


1ヶ月目: 挨拶とYes/Noの質問に答えられる。
2ヶ月目: 5W1Hの質問にも答えられる。
4ヶ月目: ある日突然、今日は英語がよく分かる!という日が訪れる。でも、翌日はもとに戻る。
7ヶ月目: ある程度英語が自分の中に定着したな~と感じる。


ちなみに、当時の私は偏差値でいうと60~70くらいの学校のお勉強ができるタイプです。英語も、得意ではないですが好きでした。4ヶ月目から、大学に半分参加して、8ヶ月目からは、語学学校のWritingのクラスを残して、フルに大学生になっていますが、周囲では最短コースで、語学学校卒業に1年かかるのが、平均的でした。


同じ大学に、日本からの交換留学生がいましたが、彼らは、語学学校に入らず、いきなり大学に入って普通に勉強していましたから、そういうエリートコースもあります。


また、逆に1年経っても英語がまったく上達しなかった友人は、ある日突然、今日から日本語を一切喋りませんと宣言し、英語で通していましが、卒業する頃には、日本語が拙くなっていたので、言語脳が狭いタイプの脳みそだったのだと思います。


あと、話せるかどうかは、度胸とセンスによるところもあります。友人の一人は、日本語の雑誌を読みながら、キャパシティという単語の意味がわからないとキレているのに、アメリカ人と楽しそうに話していました。何をどう通じ合っているのかはわかりませんが、会話は成り立っているようでした。


結局、人によるという結論になってしまったかもしれませんが、一つ言えるのは、楽しんで学ぶに限ります。一生懸命学んでも、のんびり学んでも、どっちでも、英語を嫌いにならないことが重要だと思っています。参考までに。

なんて素敵な偶然なんでしょう!

スペイン語で印象的なのは、


Que Casualidades!


What's a Coinsidence!


なんて(すてきな)偶然なんでしょう。


スペインに留学したときのホストファミリーが私のイギリス時代の友人と知り合いだった。。。世界は狭い。。。


私の人生における偶然のベストランキングは、


1)旅して同じ人に3回会う×2回

  • イギリスの湖水地方の旅行中に、バスの中、森で散歩、街で散歩、同じおばあちゃんに3度会って、連絡先を交換、何度か文通してみた。
  • クロアチア、スロベニア、チェコで、3度同じ日本人に会った

2)ホストファミリーが友人を知っていた


3)高校時代の友人とパリの駅で会う


偶然はただの偶然なんだろうと思う反面、運命なのかもしれないと思える。ポジティブシンキングで言えば、偶然を偶然と捉えるよりも、偶然を運命と捉える方がより、ドラマチックなんだろうと思う。ゆえに私の運命って素敵!!!と考えることにしている。


これが偶然であろうと、運命であろうと私の人生に影響はない。だったら、よりドラマチックな運命にしておこう。と思う。